第7試合:初心者の為のプロレスの歴史(平成初期(90年代)の新日本プロレス編)
ブエナスノーチェス!ロッキーです(^^♪
約1か月、家の事情や仕事の都合で忙しく、サボってしまいました・・
ごめんなさい(>_<)
今日から最低週1回を守って書いていきます!
さて、1.4と1.5のダブルドーム、生観戦してきました!
内藤哲也、おめでとう&ありがとう!!!
そして今回は出来なかった大合唱、トランキーロで楽しみにしとくよ(≧▽≦)!
さて、今回は昭和末期から平成初期(90年代)の新日本プロレスについて
最近見始めた方はたまにテレビや新日本プロレスワールドで「黄金時代」とか「昔の熱狂的な時代」とかってフレーズが実況や解説から出てきますよね?
それがこの90年代なのです(#^.^#)
何が凄いかって、理由は簡単に言うと2つ!
①在籍選手が桁違いに凄いメンバーだった!
②観客動員数と熱気が凄かった!
からなんです
①については前回話した4名のうちタイガーマスク以外の猪木、藤波、長州がベテランとして絶大な人気を誇りつつ、その後のプロレス界に燦然と輝く3人のスーパースターと後に伝説となる1人のマスクマン、その他にも数多くのスター選手が居たからです
そのスーパースター3人とは、89年~90年頃に海外遠征から帰国した
伝説のマスクマンとは先日引退した獣神サンダーライガーです
武藤敬司は今の最先端に居る棚橋や内藤やSANADA、そして海外のレスラーたちが憧れる強さと華を兼ね備えた天才レスラー
蝶野正洋は年末のガキ使でもおなじみですが、黒のカリスマの異名そのままにNWOを日本に持ち込む等抜群にカッコいい入場やグッズをプロデュース、そして夏のG1を計5回優勝した実力の持ち主
橋本真也は新日本プロレスの強さの象徴として破壊力抜群のキック、そして説得力抜群の決め技垂直落下式DDTという必殺技でIWGPヘビー級の象徴でした
獣神サンダーライガーはジュニアヘビー級の中心として他団体とも積極的に交流し、ジュニアヘビー級だけの大会をプロデュースするなどまさにジュニアのレジェンドでした
その他にもヘビー級には馳浩、佐々木健介、越中詩郎など、ジュニアには金本浩二や大谷晋二郎、そして今も第3世代として活躍している天山や永田、中西、小島達がヤングライオンとして居たんです
凄いと思いません(>_<)??
そして②はそんなレスラーたちが豊富に居るわけですから東京ドーム大会も多い時は年に4回、その他に大阪、福岡、名古屋の各ドームでも年に1回ずつ興行があり、すべて満員という時代でした
中でも95年10月9日の東京ドーム大会は今も伝説と化していますが観客動員数は6万7千人で座席はもちろんドーム内の立ち見も人で溢れかえっていました・・( *´艸`)
私も生でその場にいた一人としてプロレス史上最高の興行だったと思います
平成初期、90年代はまさにプロレスが最も華やかで最も多くの人々が生でプロレスを観た輝かしい時代でした(^_-)-☆
・・・さて、初心者の皆さん
不思議だと思いませんか?
こんなに凄かった新日本プロレスがなぜ沈んでしまったのか・・
先日のドーム2daysは2日間で7万人でしたから、当時はそれをほぼ1日で、しかも全国のドームを満員にしていたのにもかかわらず・・
次回は我々長年のファンたちにとって最も辛かった、そして復活した今の新日本プロレスに至る重要な時期である2000年代について書きます( *´艸`)
では今日はこの辺で。。皆様、アディオス!